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ジョルディ・クライフ

専門分野:

クラブマネージメント、補強戦略、契約交渉、フットボールスタイルの構築、国際プロジェクト


言語:

スペイン語、オランダ語、英語


経歴:

ジョルディはオランダ代表で9試合、カタルーニャ代表で9試合の出場実績を持つ元プロ選手であり、現在はマッカビ・テルアビブのスポーツダイレクターを務めている。

ジョルディはオランダフットボールにとって特別な年であった1974年にアムステルダムで生を受けた。当時FCバルセロナでプレーしていた彼の父親、ヨハンが自分の息子にカタルーニャの守護聖人である聖ゲオルギオス(サン・ジョルディ)にちなんだ名前をつけたということは、政治的に不安定な時代であったスペインで大きな話題を呼んだ。

偉大な父親と同様にその息子にも天賦の才があった。7歳でAFCアヤックスのアカデミーに、14歳でFCバルセロナのカンテラに入団し、テクニックと創造性を備えたミッドフィルダーとして育成年代を駆け上がったジョルディは、1994/1995シーズンにFCバルセロナトップチームデビューを果たす。同クラブで2シーズンプレーした後、1996年にはオランダ代表の一員としてUEFA欧州選手権(EURO)に参加。同年にはマンチェスター・ユナイテッドに移籍し、レジェンドとも言うべきサー・アレックス・ファ―ガソンのもとで4シーズンプレー。ユナイテッド史上でも多くの成功を収めたチームの一人として、3度のプレミアリーグ、FAカップ、2度のチャリティ・シールド(現在のFAコミュニティ・シールド)、インターコンチネンタルカップ(現在のFIFAクラブワールドカップ)、1999年のUEFAチャンピオンズリーグ等の数々のタイトルを獲得した。

2000年、ジョルディはスペインに戻りデポルティーボ・アラベスと契約。延長戦でリバプールFCに敗れタイトルこそ逃したものの、2001年にUEFAカップ決勝に進出するなど充実した3シーズンを過ごした。

しかしアラベスから移籍して1年間所属したRCDエスパニョール時代にジョルディは度重なる怪我に悩まされることになり、その後ほぼ2年間に渡ってピッチから遠ざかってしまう。

負傷から復帰したジョルディはFCメタルルフ・ドネツクで2シーズンプレー、2010年にヴァレッタFC(マルタ)の選手兼監督を務めた後に現役を引退。クラブマネジメント職に専念することになる。

AEKラルナカ(キプロス)のテクニカルダイレクターとしてクラブをUEFAヨーロッパリーグ出場に導いたジョルディは、2012年にマッカビ・テルアビブのスポーツダイレクターに就任。イスラエル国内リーグ3連覇、イスラエルカップおよびトトカップ制覇、そしてUEFAチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグへの出場を果たすなど、同クラブを見事に復活させた。