選手としてのヨハン・クライフ

選手としてのヨハン・クライフ

ヨハン・クライフはアムステルダムの路上でボールを蹴り始めました。近所の子供たちとの慎ましやかなストリートサッカーから巣立ったヨハンはいつしか世界一のスタジアムでプレーする選手にまで登りつめ、世代を超えてファンを魅了し、モダンフットボールに多大な影響を与えることになるアイコンとして世界中を歓喜の渦で包みました。

“He was certainly the best player Europe has produced”

– Franz Beckenbauer –

ヨハンはトータル・フットボールの立案者であり、その体現者でした。ヨハンはピッチを誰よりも優雅にそして流れるように駆け抜け、人々を魅了し、その卓越した技術とインテリジェンスで1970年代のAFCアヤックスとオランダ代表を世界のトップへと導きました。

トータル・フットボールという概念の誕生は、フットボールの試合にその歴史上最も大きな変化をもたらしました。そしてそのことは、スペクタクルで創造性豊かな攻撃的フットボールを愛する人々の記憶にヨハン・クライフという名前を刻み込んだのです。

“When you saw Cruyff off the pitch, he was like a thin boy. But on the pitch he was from another planet”

– Rinus Michels –

アヤックスでのUEFAチャンピオンズカップ三連覇に貢献したのち、世界一のプレーヤーとしての評価を確立していたヨハンは1973年にFCバルセロナに移籍し、即座にクラブを14年ぶりのリーグ優勝へと導きます。この優勝はFCバルセロナのみならずカタルーニャ州全体の復活の狼煙とも言えるものでした。

1999年、ヨハンは20世紀におけるヨーロッパ最優秀選手に選出され、世界最優秀選手を決定する投票でも2位になりました。ヨハンはその他にも、現役時代にここに全てを挙げることができないほど数多くのタイトルや個人賞を受賞しました。

“He was at the heart of a revolution with his football. If he wanted, he could be the best player in any position on the pitch”

– Eric Cantona –